エイミー・ワインハウスに発掘されたディオンヌ・ブロムフィールドって、エイミーの「なりたくてもなれなかった自分」を体現してみせた、一種のアルター・エゴのような存在だったんじゃないのかなあ。エイミーも大好きだったシレルズの楽曲を軽やかにカヴァーしているディオンヌ・ブロムフィールドの姿を見るとそんな風に思えて仕方がない。同じくシレルズの楽曲である「Will You Still Love Me Tomorrow」をエイミーがカヴァーしているヴァージョンを聴くとその違いがよく分かるんだけど、エイミーの歌からはどうしたって人生の重みや苦みが端々から滲み出てきてしまうんだよね(もちろん、それこそが彼女の歌の良さだったわけなんだが)。
ニック・ホーンビィの『ソングブック』から引用すると、ディオンヌ・ブロムフィールドの存在/楽曲はこんな感じか。「すばらしい曲だ。でも同時に、実にさらりとしている。動機にも判決にも無関心でいることは、ポップのよろこびのひとつだろう」。エイミーもこういう曲をもっと歌いたかったんじゃないかな。元シュガーベイブスのムーチャ・ブエナと共演したロネッツの替え歌「B Boy Baby」なんかからもそんな様子は感じられるし、彼女の生前最後に発表された楽曲がレスリー・ゴーアのカヴァー「It's My Pary」だったってのも何となく象徴的。
↑死の直前にもディオンヌ・ブロムフィールドのライヴにゲスト参加。ぜんぜん歌えてないし目もうつろだけど、楽しそうな様子は伝わってくる。