Regina Spektor/What We Saw From The Cheap Seats
★★★★★
相変わらず問答無用の傑作。以前から書いているように、レジーナ・スペクターという人はポール・マッカートニーなんかに近いタイプの多作型シンガー・ソングライターで、アルバムでは自分の進みたい方向性に見合った曲を、莫大なストックの中から引っぱり出してくるという方式を採っているのが大きな特徴。本作でも、オープニングを飾る「Small Town Moon」は5年前に、「Oh Marcello」は9年前に、「Patron Saint」は9年前に、「All The Rowboats」は7年前にライヴで披露済みだったりする(ついでに書いておくと、「Don’t Leave Me (Ne me quitte pas)」は10年前のアルバム『Songs』収録曲のリメイクだ)。だからアルバムごとでの楽曲のクオリティのバラつきというのはほとんどないわけで、アルバムの出来を左右するポイントは「明確な方向性を見出せているか否か」という1点に集約されていく。
本作でレジーナはどこに向かっているのかというと、それはズバリ「フォーク・ソング回帰」である。生活に根差した歌、生活に寄り添った歌への回帰と言い換えてもいい。もちろん近作にそういう面がなかったというわけではないんだが、それでも『Begin To Hope』と『Far』はメジャー・レーベルに移籍したからこそ可能になった緻密なスタジオ・ワークの積み重ねによって作られていたことが顕著だった。それに比べると本作は明らかにシンプルなサウンドになっているのだから、そこからレジーナの「意志」を感じとらないわけにはいかない。しかも先行シングルになった「All The Rowboats」は「博物館に押し込められるのは勘弁」という歌であり、本作のデラックス・エディションのボーナストラックではロシアのフォーク・シンガーであるブラート・オクジャワの楽曲をカヴァーしているのだから、なおさらその印象に拍車がかかるのだった。では、「生活に寄り添った歌」の「生活」とは何なのかというと、辛いことも楽しいことも引き受けた上で、自分自身の足で一歩一歩前へ進んでいく、ということだ(そして最後には死が待っている)。本作がこんな方向性になったのは、彼女のバンドのメンバーだったダン・チョーが2010年7月にツアー先で不慮の事故死を遂げてしまったこともある程度は影響しているのかもしれない。しかし、生々しい感情を叩きつけるのではなく、その方向性に見合った楽曲をストックの中から選び抜くことによって普遍的な表現を目指しているのがいかにもレジーナらしいと思う。さて、本作の最終曲「Jessica」ではこんな歌詞が繰り返し歌われる。「ジェシカ、目を覚まして/ジェシカ、目を覚まして/また2月がやって来たよ/きちんと歳を重ねていかなくちゃね」。全11曲37分。必聴。
(追記:ちなみに本作のタイトルはビートルズへのオマージュ)