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エイミー・マンの5thアルバム。ヴェトナム戦争帰りのボクサーとその恋人を描いたロード・ムーヴィー仕立ての作品となっている。
今作での最も大きな試みは、これまで違って(彼女が苦手とする)ピアノで曲を紡いでいったという点だろう。ギターという楽器は構造上、メロディよりもコードの方が弾きやすくなっているので、ギターで曲を作るとメロディがコードに引っ張られる形になる。ピアノはメロディが弾きやすい楽器なので、ピアノで曲を作るとメロディがコードを引っ張る形になる場合が多い。今作での、細かく(そして大きく)上下するメロディは、言われてみれば確かにピアノならではのものだ。
結果、彼女の作品では初期の2作(『Whatever』と『I'm With Stupid』)に次いでメロディアスな楽曲が揃った作品となった。3rdアルバム以降の彼女は無理にキャッチーな楽曲を作らない事によって全体の曲レベルの底上げを図っていたわけだが、今作を聴く限りではソングライティングがまた新たな段階に突入したのだと推測される。それもこれもピアノという新たな楽器のおかげだろう。
録音はほぼスタジオ・ライブ形式で行われたらしく、サウンドは『Lost In Space』以上にロッキンなものに。また録音自体も9日という短期間で終了したらしいのだが、おそらくはその代わりに下準備に時間をかけたのであろう、楽器隊の編成はアルバムを通してほぼ同じでも、細かな差異がきちんと耳に残る丁寧なアレンジが施されている。
さて、どん詰まりの人生から抜け出そうと東部のヴァージニア州から西海岸へと向かった二人だったが、そこで彼等を待っていたのは、これまでと同様の(「悲劇」すら起こらない)負け続けるだけの人生だった。そしてついにボクサー生命を絶たれてしまった男は自殺を考える…。その後、アルバムは「Beautiful」という曲で締めくくられるのだが、なにが「Beautiful」なのか、その感動は実際にあなたの耳で聴いて味わってみて欲しい。
というわけで、別にこれが彼女の最高傑作だなどと言うつもりはないが、エイミー・マンのストーリーテラーとしての才能が存分に発揮された一枚なのでぜひ聴く事をお勧めいたします。個人的には、これで彼女はブルース・スプリングスティーンの域にまで達したと思っている。全12曲47分。