ビル・フォーサイスの『グレゴリーズ・ガール』について、「主人公が自分の部屋にラッシュとジャニス・イアンとヒートウェイヴとジャムとスペシャルズとパティ・スミスのポスターを貼っていて、プログレとシンガー・ソングライターとディスコとパンクを分け隔てなく聴いている1980年の英国の音楽好き高校生のリアルな感じが出ている」と書いたんだが、彼の初長編である『ザット・シンキング・フィーリング』でも同様にセックス・ピストルズの「Holidays In The Sun」とスティーヴィー・ワンダーの「You Are the Sunshine Of My Life」が並列に扱われている。グラスゴーの陰鬱な気候の中で、主人公達が「太陽」に想いを馳せているというのが伝わってくる選曲。ここでの「太陽」とは、つまりは人が生きていく上で必要な「希望」のことである。
■
エイミー・マンという人はもともと3拍子の楽曲が多めな傾向があるのだが、新作『Queens Of The Summer Hotel』は、ほとんどワルツ・アルバムと言っていいぐらいに3拍子の曲がやたらと多い。ワルツってのは回転しながら踊るわけで、つまりこれは精神病棟に閉じ込められている登場人物達の袋小路な状態/心象風景を表現しているとかそういうことなんだろうか。この辺りのリズム面の特徴と歌詞と原作の『思春期病棟の少女たち』をきちんと結び付けた批評なりインタビューなりを読みたいぞ。とりあえず同原作の映画『17歳のカルテ』を再見してみるか。
■
『Language Lessons』 は作り手が「演技」というものに全面的な信頼を置いていて、奇をてらったプロットや演出がなくても、きちんとした演技があれば全てを伝えることができはず、という信念があるからこそ作れた豪速球のストレートだと思う。ナタリー・モラレスの役者監督としての凄みすら感じさせる映画。
■
映画『Language Lessons』(監督:ナタリー・モラレス)観賞。★★★★★。
今年リリースされたナタリー・モラレスの監督作は『Plan B』に続いて2本目。時系列を整理すると、新型コロナウイルスのパンデミックによって『Plan B』の撮影が延期となったナタリー・モラリスにマーク・デュプラスがコラボレーションを持ち掛け、ロックダウン中にリモートで本作を撮影。脚本は大まかな粗筋だけを用意して、現場での即興を活かしながら制作を進めていったとのこと。
コスタリカ在住のスペイン語講師とオークランド在住の男性が、スペイン語のオンライン・レッスンを通じて交流していく様を描いたナタリー・モラリスとマーク・デュプラスの(ほぼ)2人芝居。コロナに対する言及はないものの、当たり前だった「日常」が突然失われてしまうというプロットは完全にコロナ禍のメタファーだろう。しかし、そんな中で浮き彫りになっていくのは、人が人を想う心の強さ、どんな時でも変わらない人間の優しさだ。というわけで、本質的には『Plan B』とほとんど同じ内容ともいえる。ミニマムかつタフな傑作。
■
名作『In My Own Time』のリリースから今年で50年! 『Karen Dalton: In My Own Time』は、最近だと『スウィート・シング』や『Gunpowder Milkshake』で楽曲が大フィーチャーされていることでもお馴染みの「フォーク・シーンのビリー・ホリデイ」ことカレン・ダルトンの不遇な生涯を追ったドキュメンタリー映画。チェロキー族の血を引く彼女の前歯の秘密から、AIDSによる死までがエンジェル・オルセンのナレーションと共に明かされる86分。「Something On Your Mind」について、「あまりにも完璧な曲。この曲を聴いて音楽に対する向き合い方が完全に変わった」と語るニック・ケイヴ、熱いぜ。
■
コーレッツも『Back In Mono』を制作する際に、その作曲術を研究したというバート・バーンズの生涯を追ったドキュメンタリー映画『Bang! The Bert Berns Story』を観て知ったんだが、彼が書いた「I Want Candy」の「Candy」とはテリー・サザーン(『博士の異常な愛情』の脚本家として有名)の『キャンディ』のことだったんだな。つまり当時のカウンター・カルチャーをめちゃくちゃ体現した楽曲であったということ。
バート・バーンズが書いて後にジャニス・ジョプリンがカヴァーした「Piece Of My Heart」は、最近だと『Gunpowder Milkshake』の中でも使われておりました。バート・バーンズ自身が心臓に持病を抱えていた人だったので、実は彼の半自伝的な内容の楽曲。