口を開けば不平不満しか出てこないことで有名な常川拓也さんに、不人気イベントの「サム・フリークス Vol.11」で上映する『ゴー・フォー・シスターズ』と『子供たちをよろしく』についてのコラムを書いていただきました! ありがとうございます! 3月6日(土)に開催です!
先日、チベットの映画監督ペマ・ツェテンにインタビューした際、作品に合わせて撮り方を変える彼は、「撮影方法というのは形式ではあるが、その形式が正しければ内容が正しくなる。要するに、形式もまた内容の一部であると考えている」と語った。シアトルの路上で暮らすホームレスのティーンエイジャーたちを記録した『子供たちをよろしく』の特徴は、まさにそのスタイルにこそある。
マーティン・ベルは、基となったマリー・エレン・マークが撮った写真と近い画角、彼女がファインダー越しに覗いたままを提示するかのようにスタンダードサイズを採用し、子供たちの生活を裁くことなく収めることで、映画全体をまるで動くフォトエッセイのように作り上げている。また、大きな物語として構成するのではなく、彼らの日常的な行為を観察しながら、そこに当事者自身の一人称のナレーションを織り込むシネマ・ヴェリテの手法を用いている。機能不全家族から抜け出た子供たちは、それぞれドラッグや売春、盗み、物乞い、ゴミ漁りなどでサバイブする路上生活、あるいは虐待や貧困の経験を正直に、淡々と語る。このような社会問題がなぜ起こったかを俯瞰でまとめあげるのではなく、子供の視点で小さな人生を見せるのである。例えば近年では、『行き止まりの世界に生まれて』はおそらくこの手法の影響下にあるだろう。
さらに、ストリートの住人を望遠のロングショットで捉える撮影方法は、元ホームレスのジャンキー女性に当時の実体験を再現させた『神様なんかクソくらえ』を明確に彷彿とさせる。事実、やはりサフディ兄弟は多大な影響を受けていることを明らかにし、「それまでスクリーンでほとんど見られなかった方法でアメリカのホームレスに光を当てた」「『子供たちをよろしく』はスターだらけだ。ドウェイン、タイニー、ラットのことが忘れられない」と絶賛している。上映活動を通して、「彼らが路頭に迷わないように」児童支援を試みるサム・フリークスの理念を象徴するかのような映画である。
一方、黒人女性ふたりとラテン系男性ひとりを中心とし、白人がほとんど登場しない『ゴー・フォー・シスターズ』は、ジョン・セイルズの関心が自身のバックグラウンドとは異なるラテン系の苦境へ、あるいはアメリカとメキシコの関係に向けられているとすれば、サム・フリークス的には、ある種、以前に特集したケン・ローチ『ブレッド&ローズ』の主題を引き継いでいるとも言えるかもしれない。ジャンルの慣習と社会批評を混ぜ合わせ、静かに連帯の種を蒔く、地味ながら渋い映画である。マハーシャラ・アリのファンもお見逃しなく!
(映画ライター・常川拓也)