『若草物語』は「貧乏って嫌ね」と語る話だったと記憶してるけど、この衣装を見る限りそれほど貧しい感じはしない。あれは中流の中の貧乏という意味だったのか、グレタ・ガーウィグがその辺を描写してないのかどちらなんだろう。 https://t.co/iEv7PqeFbG
— 丙ウマ・サーマン (@hinoeumathurman) 2020年2月13日
「若草物語」いまにして思うと、四姉妹は貧乏は嫌だと嘆き、より貧しい人たちに施しをして、金持ちの家に遊びに行き埋められない差を痛感する描写もありはっきり格差があった。グレタガーウィグはそのあたりも入れてるかな。
— 丙ウマ・サーマン (@hinoeumathurman) 2020年2月13日
あとこれも言われてなるほどだったんだけど、南北戦争時代に北部の裕福でない家庭が綿の服を着ることについて「着せたいなら戦前のデザインじゃないと」と言ってて、ハハァと思った。「エイミーが四女なのにお下がりじゃなくエイミーのために仕立てられたような服を着てるのも違和感」と。
— 鮎イリノイシカゴ-4kg (@KellyPaaBio) 2020年6月16日
「衣装で姉妹の個性を出す」手法はマーチ家には使っちゃいけない手ではと私も思った。
— 丙ウマ・サーマン (@hinoeumathurman) 2020年6月16日
『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の話のチョイスはジリアン・アームストロング版『若草物語』をかなり下敷きにしているけど、ジリアン・アームストロング版はその辺の貧乏描写はちゃんとしてますよね。そしてジリアン・アームストロング版はプロデューサーからの「また『わが青春の輝き』のような映画を撮ってほしい」という要望によって製作され、監督自身も「1994年版の『若草物語』は『わが青春の輝き』のリメイクのつもりで撮った」と語っているので、その源流は『わが青春の輝き』にあることが分かる(そもそも『わが青春の輝き』は金持ちと貧乏人の「経済格差」が大きく関わってくる話であり、「貧乏は嫌だと嘆き、より貧しい人たちに施しをして、金持ちの家に遊びに行き埋められない差を痛感する」描写まである)。
『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』は二次創作っぽい映画だなあとずっと思ってるんだけど、貧乏描写が軽視されててこれまで以上に「美化」されているのもそういう印象を強めているのかなあと思った。