『グランド・ブダペスト・ホテル』はそりゃあ『ムーンライズ・キングダム』に比べれば大分マシではあるんだが、相変わらず作品が完全に箱庭世界で収まってしまっている気持ち悪さはあるな*1。というのは、『ダージリン急行 』までのウェス・アンダーソン作品の素晴らしさってのは箱庭世界と現実のせめぎ合いにこそあったと思っているので。なぜか日本だとあまり評判の良くない『ダージリン急行』は、その「箱庭世界と現実のせめぎ合い」が最も分かりやすい形で描かれているからおいらは大好きなんすよ。現実に絶望して一度は自殺を図ったオーウェン・ウィルソンが、そこから逃げようとして兄弟を誘ってインドに行く(当初の表向きは「インドで自分探しの旅」というステレオタイプなものだけど、実際には「現実逃避の旅」だったことが物語の後半で明らかになる)。列車の中はウェス・アンダーソンらしい「箱庭世界」ではあるんだけど、外の世界には(いや、列車の中にだって)上手くいかないことだらけの普遍的な「現実」がある。列車は迷子になるし、現実的な「人の死」が描かれる。「箱庭」の中でぬくぬくと生きてらんねえんだぞ!「現実」はどこまでも追ってくるんだぞ!って話じゃん。だから最後にアメリカに帰る(=再び現実に立ち向かおうとする)オーウェン・ウィルソンの姿が感動的なのだし、それでも人生には嘘みたいに美しい瞬間があるのだ、ってことがお得意のスローモーションを活かして(さらにキンクスの『ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』の楽曲に乗せて)描かれるから素晴らしいのだ。
ちなみに『ダージリン急行 』の感情の流れってのは、その楽曲が劇中で大フィーチャーされているキンクスの『ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』のそれと基本的にシンクロしているんすよね。『ローラ』も様々な人に裏切られて、現実に絶望して世捨て人寸前にまでなった男が、再び現実に立ち向かおうとする話だし。クライマックスで流れる「Powerman」は、「どんなに厳しい現実がやってきたとしても、俺をクタばらせることなんてできねえぞ!」って歌なんすよ。
*1:『ファンタスティック Mr.FOX』は人形劇なので箱庭世界で収まっているのは全然構わない。