映画『ベル・オブ・ニューヨーク』
(監督:チャールズ・ウォルターズ)
★★★★★
フレッド・アステアとヴェラ・エレン主演の1952年作品。日本では2009年にDVDが発売されるまで未ソフト化、BSで放送されたことしかないという冷遇されっぷりだったものの、実はこれは傑作。ヴェラ・エレンの最高傑作であるだけではなく、『イースター・パレード』以降の後期アステア映画の中でも一番の出来だとおいらは考えている。
本作が過小評価されている理由は、『恋愛準決勝戦』と『バンド・ワゴン』という派手な傑作の間に作られたからだと思われる。確かに「豪華絢爛」な50年代のMGMミュージカルの中ではかなり地味でこじんまりとした仕上がりで、まるでRKO時代のアステア=ロジャース映画のような他愛のなさ(なんせ81分しかない!)なのだが、おいらはそれ故に断固支持する。
アステアが『絹の靴下』のようなオブザーバー的役割でなく出ずっぱりで、『恋愛準決勝戦』や『イースター・パレード』と違ってロマンスの相手が踊れる役者で、『バンド・ワゴン』と違ってミュージカル・シーンがどれも必然性に満ちている。おそらく、アステア一人では客を呼べなくなってしまったので人気の若手女優を前面に押し出しましょう、などという変なプロデューサー意識が作り手の側になかったのが良い方向に出たのだと思う。まあ、だから当時もコケてしまったのかもしれないが、それと映画としての出来は別問題なわけで。
小柄なヴェラ・エレンは、同じく小柄なアステアのダンス・パートナーとしては非常に合っている。無理に「見せ場」を作らなくても対等な立場で踊れている感じ。その体型を生かした小気味良いダンスが楽しい。あと、これは誰もが思う事だろうが、彼女ってはしのえみに似てるよな。
恋敵を登場させて話をこじらせずに、ひたすら二人のロマンスに的を絞った脚本は潔い。「恋をすると天にも昇るような気分になる」と、本当に空を歩かせてしまう演出も素晴らしいと思う。この幸福感においらは泣いたよ。
ついでに書いておくと、アステアの1930年代の最高傑作は『踊らん哉』(これを超えるミュージカル映画は未だに現われていないと思う)で、1940年代の最高傑作は『踊るニュウ・ヨーク』(RKO時代の延長線上にある本作が早々に1940年代の最高傑作になってしまったということからも、ジンジャー・ロジャースとのコンビを解消してからのアステアの不調っぷりがうかがえる。そりゃあ一時引退もするわって話で。でもエリノア・パウエルとのタップ合戦は文句無しに凄い。凄すぎる)。
↑映画史に残る9分間。っていうか前から書いてるんだけど、音楽が好きで映画にも興味があるんだったらミュージカル映画も観ようぜって話で。当たり前なんだけど、映画と音楽の相互関係の頂点がミュージカル映画なんだからさ。ここで使われている「Begin the Beguine」はティン・パン・アレーの代表的なソングライターだったコール・ポーターの作品で、そもそもビートルズだってティン・パン・アレー〜ブリル・ビルディングという流れがあったからこそオリジナル曲を書くようになったわけで、それを踏まえれば(ポップ・ミュージック史に強い敬意を払っている)ポール・マッカートニーが「You Gave Me The Answer」をフレッド・アステアに捧げているのも自然と理解できるってものだ。