検察側は、被告が24歳から大麻、26歳からコカイン、30歳から覚醒剤を繰り返し使用していたことを指摘。常習性があり再犯の可能性が高いことなどを理由に懲役2年6月を求刑した。これに対し弁護側は「これまでは話すと罪が重くなると思い黙っていた」という自己の薬物遍歴について今回正直に告白するなど初めて真摯に反省していること、精神科医の名越氏とともに治療・更正にあたる意志があることなどを材料に情状酌量を訴えた。
なるほど、『家庭教師』以降スランプに陥ったのは、コカインにハマったことが原因だったわけだ。でもさあ、岡村ちゃんも大好きなビートルズの歴史を見れば、ドラッグをやればどうなるかなんて、すぐに分かりそうなもんだと思うけどねえ。
初期ビートルズはジョン・レノンが圧倒的なリーダーとしてバンドを仕切っていた。中期〜後期はポール・マッカートニーがミュージシャンとしての頭角をめきめきと現していってバンドを取り仕切るようになり、それにジョンが嫉妬して2人の関係が悪くなっていた、というのがビートルズが解散に至るまでのものすごく大雑把な流れ。なにしろ、1967年に発表された「Strawberry Fields Forever」(ジョン作)と「Penny Lane」(ポール作)の両A面シングル以降、ジョン作のナンバーでシングルのA面になったのは「All You Need Is Love」と「The Ballad of John and Yoko」と「Come Together」のみ。しかも、「The Ballad of John and Yoko」は息抜きも兼ねられた気楽なノヴェルティ・ソングだし、「Come Together」はバンドの解散が確定的になってから出されたものだ。
ポールの成長とは対照的にジョンがスランプに陥ったのは、せいぜい大麻程度の麻薬しかやらなかったポールと違って、ジョンはコカインやヘロインといった強力な麻薬に手を出してどんどん中毒になっていったから。そんなジョンが麻薬中毒から抜け出すためにアーサー・ヤノフ博士の下でプライマル・スクリーム療法を受けて作られたのが『ジョンの魂』というアルバムなのだ。サイケデリック・エラのミュージシャン達はドラッグ体験によって得た「まともじゃない感覚」を音楽として残そうとしたわけだけど、「まともじゃない」ことをやるためには「まとも」でなければならなかったわけだ。
っていうかビートルズが好きなら、これぐらいのことは知っておけよ!>岡村靖幸
[追記]
そういえば、この裁判についてこんなことを書いている人がいた。
有名なミュージシャンですが,薬物だけが友だちだったみたいですね。
彼,そして,「覚醒剤を使って曲を作っても意味がないと思いませんか」と質問した裁判官には,この曲を捧げたいと思います。
ビートルズで「Lucy In The Sky With Diamonds」
「Lucy In The Sky With Diamonds」はドラッグ・ソングじゃないよ! その証拠は書籍版『ビートルズ・アンソロジー』にしっかりと記されている。
リンゴ 「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」にまつわる大騒ぎは、まったく狂ってるとしか言いようがないね。現にあの時、僕はジョンと一緒にいたんだ。ジュリアン(・レノン)がいかにも子どもらしい、ああいうわけのわかんない絵を描いて持ってきてね。それでジョンが父親らしく、“あれ、これは何だい?”って訊いたら、ジュリアンが言ったんだ。“これはルーシーがダイアモンドをつけて空にいるの”。とたんにジョンは書き始めたってわけ。
ジョン メル・トーメがレノン=マッカートニーの曲を紹介する番組を見ていたら、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」はLSDの歌だって言うんだ。そんなの全然関係ないよ、だけど誰も僕の言うことなんか聞いてくれない。神に誓って、いや毛沢東に誓ってでも何でも好きな人でいいけどさ、とにかく僕は、あれがLSDのイニシャルになるなんて考えてもいなかったんだよ。“事実”を話そうか。僕の息子が帰ってきて、学校で描いた絵を見せてくれた。変な女が空を飛んでいる。“これは何だい?”って僕が訊くと、“これはルーシーがダイアモンドをつけて空を飛んでるの”って答えだった。“これはいい”って思って、それですぐ曲を書いたんだよ。ところがあの歌が出て、アルバムが発売されたら、全部の文字の頭をとるとLSDになるって誰かが気づいた。こっちはそんなこと考えてもいなかった。でももちろんあのあとは、どの歌もスペルをチェックするようになったよ。他の人の歌は、一切スペルなんか問題にされなかった。あの歌は、そんなのとはまるで関係なかったのにさ。